『亡国のイージス』
映画に限らず、作品と呼ばれるすべてのものは、作り手の「どうよη」という気迫が伝わってナンボだと思っています。
「おれはこう思うんだけど、どうよ19"」とか、「おもしろいっしょ?どうよー7"」とか。
主題との格闘の中で紡ぎ出される坤吟、飽くなき娯楽追求精神の発露が熱になり、受け手の中に眠る熱を共振させた時、その作品は時聞をかけて鑑賞するに値する力を得る。
ようは受け手との問に"対話"を成立させる作品こそ、わたし的には「観て(読んで)得した」と思える作品というわけだ。
だから、どんなにテクニックが優れていても、作り手の「こんなもんでしょ」という気分しか伝わってこない作品には食指が動かない。