『亡国のイージス』
福井原作の特徴として、ストーリーとドラマの両方が有機的に絡みあっている点を挙げた。
どちらを捨てても成り立たず、両方を描けば二時間強の映画には収まらない。
それゆえ、どちらか一方に焦点を当てる方法が編み出され、「終戦」という状況を単純化してドラマに寄り添った結果、『終戦のローレライ』は『ローレライ』になったのだ、と。
その論法に当てはめるなら、本作は「亡国」という状況(主題)に焦点を当て、ドラマの飛距離を縮めた映画だと言うことができる。
どちらの方法が正しいのか、どちらが原作に忠実なのかという話ではなく、福井原作を映画にコンバートする上で、『ローレライ』と本作はまさにA面B面の関係にあります。